その日は宮崎さんが家まで器材を持ってきてくれるということで、明日の用意をしながら待っていた。夜10:30頃、宮崎さん登場。与那国の話とかして、ちょうど帰る時ぐらいに、このまま起きたままの方が安全だとか、起きて9時だったら・・・とか話して帰っていった。そんなことはないだろうと思いつつ、念のため目覚し時計とCDのタイマーをセットして寝る。
ふと目が覚める。目覚まし時計は鳴ってないし、音楽も聞こえない。でも何となく明るい気がする。一瞬時計を見るのが恐ろしかったが、次の瞬間とんでもない現実に直面する。7:06。集合時間4分前。声も出ず、必死で服を着替える。顔も洗わずキャスターを持ち、家を飛び出る。都立家政−高田馬場−浜松町と、そこそこ順調に電車は乗れたものの約束の場所に着いたのは8:10頃。ちょっと見回したけど当然誰もいない。とりあえず空港行きモノレール(8:13発)に乗り、追いかける。(後で聞いた話によると龍さんは8時頃まで待っていてくれて、1便前のモノレールで行ったということである)空港には8:40分頃に着く。しかし羽田は初めてでよくわからない。何時発の飛行機かを聞いてなかったからどうしようもない。そんな時8:50発沖縄行きの最終の搭乗のアナウンスが聞こえた。たぶんあれに乗ってるなと思いつつも(実際乗っていた)、確実な証拠となるチケットが無いことでただ見送るしかなかった。ここで小浜の伊藤さんに電話をかける。何かわかるかもと思ったからである。とりあえず団体受付のカウンターで自分の予約を見つけろと言う。JAL、ANAと回ったがなかった。もう1度電話するとJALのハイビー沖縄とある所へ行けばいいことがわかり、そこに行くと2人は先に行ったということを知らされる。そして予定していたチケットの払い戻しは後日ということで、とりあえず今は自力で沖縄に行くしかないことがわかる。その受付の人に調べてもらうと今日中に与那国に行くことはできなくて、行けて石垣までということだった。沖縄経由石垣行きはどれも満席で、石垣直行便が2席空席があるとのことである。このまま家に帰っても明日以降行けるかどうかもわからないので、とりあえず石垣まで行き、泊まる所は着いてから何とかなるだろうと安易な考えを持ち、13:20発石垣直行便のチケットを買う。搭乗手続きをして、空港でボークカレーを食べた後、飛行機を待つ。とりあえずこの状況を誰かに知らせておこうと思ったが、手帳とか全てキャスターの中で、手中には暇つぶしのウォークマンとチケットぐらいだった。まあ石垣からでいいかと思い、飛行機に乗る。離陸。小型できつきつで、こんなので大丈夫かと思ったが、普通に飛んだ。テープを3、4本聴くと、石垣に着いた。
そこでまずしたことは、与那国行きの飛行機の空席状況を知ることだった。調べによると20日まで満席らしい。空席待ちはその日の朝7:10から受け付けるということである。そこで21日の予約をとり、あとは空席待ちに望みをかけることにする。何とか与那国へ行けるめどはついたので、次は今日の宿のことを考えた。空港のタウンページで「民宿」の所を探し、次々と電話で問い合わせた。けっこう満室が多くて不安になってきた5、6番目で空いている所が見つかった。話によると歩いて行けないこともないようだったので、歩いて行くことにした。キャスターの下の部分やすぐには要らないものは空港のロッカーに入れ、最悪の場合の3日分の着替えを持ち、旅に出た。空港の近くは何もなくて、左右を見れば畑は牛場が広がっている。そこを歩いていくと建物が見えてくる。街の明かりも見えてくる。日も暮れてきた。急がないとと思うが、標識が少なくてよく地名がわからない。かなり歩いていくと、"登野城"という地名が見えた。民宿のある所である。確か「ガソリンスタンドの所でにごうせん(聞き間違いと思われる)に入っていくと、"たもと民宿"というのが見える」というのを電話で聞いた。そのガソリンスタンドに着く。しかしにごうせんなど見当たらない。人もいなくてしょうがないのでまた歩く。歩く。歩く。そのうち日航のホテルが見えた。羽田で思わぬ出費をしているため、即ホテルへとは足が進まなかった。ホテルはどうしようもなくなった時に行こうと決めて、また歩き始める。
スーパーを見つける。とりあえず食糧を確保しておこうと中に入る。大きい荷物を持っているから、よそ者だと思われたのか、店のおばさんにじろじろ見られる。やっぱり島の人は排他的なのかと思いつつ、サータアンダギーを買うとさっさと店を出る。また歩く。もうだんだんどうでもよくなってきた。外も暖かいし、野宿してもかまわないとも思うようになってきた。
引き続き夜道を歩く。歩いているといろんなものが見えてくる。この日は石垣島で闘牛大会が行われていた。普通の道を人が牛を連れてたくさん歩いていた。大会の会場となる広場には、たくさんの人と牛が集まっていた。遠くからしか見えなかったけど、牛と牛がけんかをしていた。すごい声を発していた。かなり盛り上がっている。石垣に来て、こんなものを見れてよかった。そしてまた歩いた。
ここらで自分の家の留守番でも聞いてみようと思う。何か自分に対する情報が入っているかもと思って聞いてみると、9件入っていた。雄一郎さん等から「いまどうしているのか?」というようなことがいっぱい入っていた。与那国で泊まる宿の電話番号は石垣についた直後、雄一郎さんの実家に電話して聞いていたので、今の状況を連絡しておくことにした。確か、もう夜11時前だったと思う。状況を報告して、野宿でもしようかと思っていることを言うと、ホテルに泊まれと怒られた。そこでホテルへ行く決断ができて、ホテルへ向かう。フロントに行く。しかし満室だった。(今思うと宿泊拒否されたんだろう。)野宿決定である。 さすがにここまでくると、完全に開き直っていて、全然ショックも無かった。そこでとりあえずは空港に向かって歩いて、できるだけ近づいておくことにした。そして次の日の朝、早く起きて、空席待ちを期待すればいいと思った。
この時間になると、街灯とか消えてしまっていて、暗がりの中を歩くことになっていた。目を凝らして標識を見て、空港の方へと歩く。結構広い道だったので、たまに車も通る。たぶんあやしい者と思われただろう。そんなことも気にせずに歩く。そんな時、道路の右手に黒い影が見えた。牛だ。よく見るとそこは牧場だった。大小4、50頭はいた。動いている影もいたので、起きてるやつもいるらしい。影を見ながら、その横を通ろうとした。その時、大きい黒い影がぴくっと動いたような気がした。そして「モー」というでかい声とともに、スタタッスタタッと自分の方に向かって突進してきた。牛も自分をあやしい者と思ったのだろう。一応、目の前に柵のようなものはあったけど、あまりにもすごい勢いだったから、自分のところまで来て突き飛ばされるんじゃないかと思って、必死で逃げた。こんなところで死んでたまるかと思って逃げた。かなり逃げて振り返る。牛の姿は無かった。一息ついてまた歩いた。
かなり歩いたはずだけど、空港は見えなかった。おかしいなと思いながらも歩いていると遠くにまぶしい赤い光が見えた。今まで歩いていたときも何度か見た、「HOT SPAR」とかっていうコンビニの光らしい。確か24時間営業だったからそこでかなり時間がつぶせると思い、その方向へのびる道を進むことにした。ずっと歩くけど、赤い光は近づかない。むしろ遠くなっているようでもあった。もう自分の位置や方向感覚までわけわからなくなった。この道を戻った方がいいような気もしたが、またあの牧場の前を通るのかと思うと、引き返す気になれなかった。コンビニにも近づけないとなったら、あとはもうただ歩くしかなかった。
空港に近づいているのか遠ざかっているのかもわからず、ただ歩く。そうしていると横を通りすぎた車が100mぐらい前方で止まった。一瞬助けてくれるかもという期待と、どこかに連れて行かれたらどうしようという不安が頭をよぎる。緊張しながら車の横を通り過ぎようとしたが何の反応も無かった。ただ止まっただけかとちょっとがっかりしてまた歩く。するとさっきの車がゆっくり近づいてきて、ドライバーの人がどこへ向かっているのかと聞いてきた。空港の方へと答えると、空港は全く反対方向だと言われた。車の中は若いカップルだった。とりあえず車に乗ってくれと言われ、悪い人には見えなかったので、そのまま車に乗り込んだ。夜道を大きな荷物を持って歩いていたから地元の人ではないと思ったらしい。大変そうで、放っておけなかったと言う。事情を全て話した。かなり笑われた。そして、空港の近くのホテルを探してくれると言う。しかしあまりいい所がないようだった。いろいろ車を走らせた挙げ句、男の子が、今日は家に泊まってくれと言ってくれた。そして明日の朝、空港まで送ると言うのである。本当に本当にうれしかった。その二人が神様のようにさえ感じた。何度も礼を言って、言葉にあまえさせてもらって、泊めてもらうことにした。
その男の子の名前は「うえち げんせい」。一つ年下の18才。
つづく